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HASTA LA VISTA BABY

合理的思考を脱する

合理的思考を本記事では考えてみようと思う。

まず、合理的思考とはなにか。

道理に合っていて無理のないよう考えること。あるいは、道理に合っていて無理のないよう考えのこと。

合理的思考とは - 日本語表現辞典 Weblio辞書

 道理に合っていて無理のないように考えることと定義されている。

つまり、無理が生じている時点で合理的ではないということである。

 

何か成し遂げたいことがある。

例えば、一か月後に英検1級の試験が控えていて、ぜひ合格したいと思っているとしよう。

しかし、現時点での実力は英検3級レベル。到底一カ月という準備期間では英検1級に合格することなど不可能だ。

そこで、目標を英検準2級に下げる。

目標を下方修正するという当然の結論を出した。これが合理的思考であると考える。

英検3級レベルを一カ月で英検1級合格レベルに引き上げることは道理にあっていないと考え、比較的無理のない英検準2級に目標を下げた。

あるいは今回は試験を受けるのを辞退し、来年度の試験でチャレンジしようと考えるかもしれない。これもまた合理的である。

 

しかし、自身を1つ上のステージに引き上げるには、合理的思考を脱しなければならない。

つまり、意図的に無理をするのだ。

 

上記の英検の例でいうと、合理的思考で導き出されるのは英検準2級への目標の下方修正である。あるいは受験を辞退するということである。

ただ、自分を1つ上のステージに引き上げたい。

物事を処理する力をあげたいと考えるのであれば、目標を下方修正するにも、準2級ではなく、2級や準1級に設定する。もちろん辞退は考えられない。

そこから必死に1ヶ月で目標をクリアする方法を考える。

もし、目標が準2級のままであったら、いつも自身がやっているスケジュール管理で物事を進め、順当に合格するであろう。

しかし、生産性を上げるなどといったもう1つ上のステージに立つには、無理をしなければならない。

無理をしなければ、必死に考えるようにはならないのだ。

 

ただ、ここで注意しなければならないのは、単純に勉強時間を多くするといった

「投じるモノの量を増やす」ことで解決しようとしてはいけないということだ。

「睡眠時間を削って、勉強時間を増やす」などといった芸のないことはやらない。

限られた時間の中で削れるものはけずり、また単位時間当たりの効率性をあげていく。

1時間当たりで何をしたかに注目する。

こういうことを徹底的にやっているのに、時間が足りないというのは、まず目標の設定の仕方がおかしいのだ。

(中には単位時間あたりの効率性を維持しながら長時間集中できる”変わった人”もいる)

完全に無理な目標の設定の仕方はしてはいけない。

あくまで、自身が最大限まで効率をあげて達成できる目標にすべきだ。

 

ただ、完全に合理的な思考では現状維持のままであるということだ。