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HASTA LA VISTA BABY

ゴウのプロフィール

*この記事は2018年3月18日に更新されています。

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一度プロフィールを書いたことがありましたが、どうでもいいことまでツラツラ書いていたので、書き直しました!

 ゴウのプロフィール

1991年11月に産まれました。

幼少期は戦隊ものが好きで、よく遊園地でやっていたショーに行ったり、雑誌に付録としてついていたお面とかを作っていましたね。

特に好きだったのはダイレンジャー、カクレンジャー、カーレンジャー。

91年生まれあたりならわかってくれるのではないでしょうか?w

 

小学校にはいったら、ポケモンがちょうど発売されたころで、はまっていました。

友達とどっちが早くカメックスを100レベルにするか競っていましたね。

当時から、自分の得意分野での勝負には燃えるタイプでした。

中学時代、高校受験は体を縄でしばって勉強していた

僕はもともと勉強が嫌いだったので、ぐうたらでした。

中学時代は英語以外の教科はすべて微妙でしたね。

英語だけは授業で話を聞いただけで、理解をすることができました。

 

塾に3年間通っていましたが、英単語テストが級別に用意されていて、その級をあげることに力をいれていましたが、その他の教科は適当に流していました。

 

しかし、高校受験は英語だけではどうにもなりません。

他の教科もやらなければならないのですが、どうしてもやる気が起きない。

 

そこで僕はロープで体をイスに縛り付けて勉強していました。

今考えたら、メッチャアホですが、当時は脳筋なので、それしか方法がありませんでした。「勉強法」を勉強すればよかったのに・・・

 

しかも第一志望は不合格。脳筋では夢をかなえることができないんですよ。

高校時代は文武両道!しかし・・・

高校にはいったら、弓道部に入部しました。

理由はなんとなく、先輩の弓をひく姿がかっこよかったから。

しかも、「メッチャフレンドリーだよ!!」とのこと。入るしかないと思いましたね。

 

大嘘でした。

校内で一番上下関係が厳しい部活動だったのです。

先輩に気安く話かけたら、裏に呼び出され猛説教です。

 

そんな状況の中で、なぜ部活動を続けていたのかというと「実力で黙らせてやろう」と思っていたからです。

誰よりも練習中声を出し、誰よりも練習し、すべての先輩を打ち負かす。

これで何も言えまいと思い、本気で必死に練習しました。

ある大会で先輩もろとも打ち負かし、優勝。地元の小さな大会ではありましたが、気分がスカッとしました。

 

1年に1度なぜか行われる大説教会では、僕だけ特に何も言われずでした。

脳筋は脳筋の環境だったら、勝てるのです。フィールドを選ぼう。

 

勉強もしっかりやっており、偏差値60以上の生徒は壇上で表彰される仕組みだったのですが、僕は普通クラスで唯一、壇上に上がっていました。

なぜ普通クラスだったのかというと理数系科目が壊滅的だったから。

 

部活が終わり、家に帰ってくるのは21時くらい。

そこから2時間勉強するというのを毎日続けていました。あのエネルギーは今はもうない。

 

しかし、部活を引退してから、ルーティンがくずれてしまったのと「効率性」をはき違え、ただ何もせず楽をしているだけなのに「効率がいい」と思っていたがために、勉強に手がつかなくなりました。

 

当時、早稲田大学法学部が第一志望でしたが、当然のごとく不合格

「僕はなんて間違えをしていたのだ」とやっと気付くことができました(遅

絶望の浪人時代。極限まで追い込まれ、半分うつ状態に。

河合塾に入塾を決めました。

授業がはじまるまで、1ヶ月あったので、勉強法を徹底的に勉強し、1年間で何をいつまでにやるかというのを可視化しました。

 

そして精神的な面でとりきめたことは「一喜一憂しない」ということでした。

どんなにいい結果でも悪い結果でも感情を殺して、ひたすら勉強に力をいれるようにしました。この取り決めのおかげで、浪人終了後には感情が一切なくなっていました。

 

それとあまり人と話をしなかったせいか、自律神経がおかしくなり、常にめまいがしたり、「寝たまま、二度と起きなくなったらどうしようか」などの妄想にかられたり、呼吸の仕方を忘れてしまい、その場で倒れてしまったり(パニック障害)、しかも両親に「(第一志望である)早稲田大学に入学したら、やりたいこと」について話すと、両親が笑いながら顔を見合していました。

両親が一番、僕が早稲田大学に合格することを信じていませんでした。

僕が親になったら、子どもの可能性を信じてあげたいと思います。

 

しっかり勉強法を一から見直したおかげか、早稲田大学社会科学部に入学することができました。

大学時代は語学学習とバイトに明け暮れる

上にも書きましたが、僕は感情の一切をなくしていますので「うつ病患者みたな話し方」とか「コミュ障」とかたくさん言われました。

早稲田大学の学生は優秀であるがゆえ、人格が破たんしている人が何人かいます。

 

誤解を避けるために言っておきますが、性格いい人の方が圧倒的に多いので、早稲田大学に入る方は安心していただければと思いますw

(僕の友達は全員おかしなやつなので、僕もきっとおかしいのだと思っていますが・・・w)

 

大学時代は中国語に出会い、そこから多言語学習に目覚めました。

さわった言語は全部で8か国語。必ず使えるように習得したいと今でも思っています。

 

そして塾講師のアルバイトにもはまっていました

現役で明治大学の合格をサポートできたのは、一番の実績だったと思います。

もともと勉強に興味のなかった子ですが、彼の夢を否定せず、一緒に向かっていくようにしましたら、エンジンがかかりました。本人も勉強しやすかったと思います。

就活は大失敗。ブラック企業に入社してしまった!

就職活動はめんどくさすぎて、妥協に妥協を重ねていたら、ブラック企業に入社していました。

 

入社して1カ月は研修でした。

営業訓を叫ぶタイプのやるです。完全にノドがぶっ壊れるまで叫びます。

当然、ぶっ壊れたところは免疫力が低下しています。

そこに風邪菌が付着し、それが同期約400人に感染したのか、全員が喉風邪をひくという異常事態。完全パワハラだろ。

 

もうこの時点で辞めることを決意していましたが、辞令がくだった北海道でとりあえず仕事をすることに決めました。

それでも社風は僕の肌に合わず、入社して半年で辞めました。

派遣のアルバイトをはじめる

辞めた後は、フリーターをしていました。

同時に「得意な英語で飯を食う」と決意していたので、英語の勉強をしていました。

 

アルバイトは派遣でピッキングなど、なんのスキルもみにつかない、クソつまらない仕事でした。

同じ職場に刃物に刺されたことのある人が二人もいたのは貴重な体験でしたね。

うん。どうでもいいね・・・

 

実はこの時期にはてなブログを何個か開設しています。

きっかけは派遣終わりに立ち寄った本にイケダハヤトさんのことについて書かれた記事をたまたま見たからです。

そのとき初めてブログでお金を稼げることを知り、かつブログであれば誰でも始められると思ったので、早速はじめてみたというのがきっかけです。

転職活動はリクナビでサクッと・・・

さすがにお金にこまったので、リクナビネクストに登録し、転職活動をはじめました。

そして今の会社に入社。英語を使えるというのが一番の利点でした。

現に今も、英語でやり取りをする機会が何度かあります。

 

このころ「アップデート計画1.0」というものを始めています。

www.update-plan.com

過剰気味に挑戦と書いてありますが、今考えたら「このくらい余裕でクリアしろよ」というものばかりですが、結果は未達。

今は「やりたいことリスト100」と「4つの柱計画」を進めている

www.update-plan.com

3年以内に「やりたいことリスト100」をクリアするという取り組みをしています。

各人生ステージで結果を出してきた僕は、今回もできると信じています。

www.update-plan.com

仕事では営業と化学と語学と貿易実務をきわめる「4つの柱計画」を進めています。

これを全項目クリアしたら、仕事をやめてフリーランスでやっていこうと思います。

 

軽い気持ちで始めたブログですが、今では僕の表現の場の一つとなっています。

まだまだファンは少ないですが、楽しんでいただければと思います。