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HASTA LA VISTA BABY

【日本の世界遺産制覇その1】富岡製糸場に行ってきた。

僕は3年以内に日本国内にある世界遺産を制覇するというチャレンジをしています。

早速、2017年1月14日に群馬県富岡市にある富岡製糸場に行ってきました。

 

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富岡製糸場は平成26年(2014年)に「世界遺産一覧表」に記載されるようになりました。

高崎駅におりたら、全面的にこの富岡製糸場を推している幕をみつけることができます。よっぽどうれしかったんでしょうね。

 

さて、この富岡製糸場。八幡製鉄所と勘違いしてしまうことってよくありませんか?(僕だけでしょうか)

混ざってしまうのも無理はありません。どちらも明治日本の産業革命遺産なのです。

 

ということで、ここで富岡製糸場の歴史を簡単に振り返ってみましょう。

 

江戸時代末期、日本は鎖国政策をやめ、他の国と商売(貿易)を始めます。

当時、外国に最もウケが良かった商品の一つが(最大の輸出品)生糸だったのです。

皆が欲しがるので、当然たくさん作らないといけませんね(大量生産)。

でも、みなさんも気持ちはわかると思いますが、たくさん作ってると質の悪い生糸も多くなってくるんです。(粗製乱造問題)

そこで、外国から「もっと質の良い生糸を作ってよ」という要望が多くなってくるんですね。また、外国の人たちがお金をだして製糸工場を建設するよという話まで上がっていました。

明治維新の後、国を強くするため(富国強兵)外国のお金(外貨)がほしいということになりましたので

外国の人に買ってもらうため、質の良い生糸を作ろうとするのですが、国民が持っているお金(民間資本)では生糸を作る工場の建設は不可能だったので、外国式(洋式)の繰糸機器を備えた、政府が経営する(官営)模範工場を造ることになりました。

この模範工場の基本的な考え方は次の3つです。

 1、外国式の製糸技術を導入すること。

2、外国人を指導者とすること。

3、全国から工女(工場で働く女性)を集めて、繰糸技術を覚えた工女は出身地に戻り、そこの指導者とする。

 この基本的な考え方をもとに雇い入れられたフランス人ポール・ブリュナの指導のもと

官営の模範器械製糸工場(富岡製糸場)作られたのです。

 

富岡製糸場の中には工女が寝泊まりしていた宿舎や繰糸の器械があります。

シアターで簡単な富岡製糸場の説明を視聴することができます。

せっかく来たのですから、簡単な歴史は抑えられるようにしておきたいものですね。

外観はどうなってるのかについては以下の写真をご覧ください。

富岡製糸場のサイトでフリー素材が ダウンロードできます。

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『画像提供 富岡市』

 

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『画像提供 富岡市』

 

館内ではシルク製の商品も売られています。(予想以上に高めでした...!!)

蚕も生きているのを見ることができますよ。

 

帰りはお切込みを食べました。メチャクチャうまかったです。

当日は雪が降っていたので、非常に温まりました。

 

皆さんも富岡製糸場に行き、明治日本の産業革命を感じてみてはいかがでしょうか。