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HASTA LA VISTA BABY

過酷な社員研修の意義について

matome.naver.jp

餃子の王将に代表される過酷な新入社員の研修。

大声で自分の目標を叫ばされたり、駅前で大声で自己紹介したりといった内容で行われる過酷極まりない社員研修が一部の会社で実施されている。

 

僕の前職もいわゆる過酷な社員研修があった。

社訓や営業○箇条などを一晩で暗記し、それを心をこめて()大声で試験官の前で叫ぶ。

僕は最初「なんだこの研修。ブラックそのものじゃないか。何の意味があるんだ」とかなり冷めた態度であった。しかし、終わったころには試験官に抱擁され泣いていたのだ。

なぜこういう心境の変化が起こったのか、当時のことを思い出しながら書いてみようと思う。

 

第一段階 冷めた態度

上記したように最初は完全に冷めていたし、半ば「この会社もう辞めるわ」とも思い始めていた。

 

暗記は得意だったし、でかい声も出せるので正直楽勝だと思っていた。

サクッと終わらせて静観しているか程度に思っていたのだ。

 

第二段階 思っているより覚えられないことによるあせりと大声について

 

最初は覚えられないので、曖昧なまま試験官の待つブースへ。

いきなり怒鳴られる。

礼の仕方がぜんぜんダメだったみたいだ。いくつかのブースから他の試験官の怒鳴り声が聞こえる。

「声がちいせぇんだよ!!!!!!!!」

「やり直し!!!!!!!!!」

かなりカオスな会場。もう完全にこの会社おかしいぞ。そう思い始めた。

暗記は確かに得意であった。しかしそれは静かでかつ落ち着いた状態の時に得意なだけで、こんな極限状態で覚えられるわけがない。

あと曖昧な知識をでかい声で叫ぶともっと出てこなくなることがわかった。

これは楽にクリアできないぞと感じ、何も成果を残せず1日目が終了した。

 

第三段階 感情という厄介な壁

 

かなり要約して書いているが一日目でかなり神経をすり減らしていた。

もうほとんど思考力がない。言われるがままにタスクをこなしていくだけ。

しかもこの課題、覚えて大声出せばそれでOKではない。

心をこめないといけないし、それが試験官に伝わらなければならないのだ。

これが僕にとって大きな壁となった。なんせ心の中は完全に冷め切っており

感情などこもるはずがないからである。

やはり試験官に見透かされ「お前は優秀かもしれないけどな、心がこもってなきゃ意味がねぇんだよ!!!!」と叱責された。

こればかりは頭で考えてもしょうがない。

高校の時めちゃくちゃ上下関係が厳しかった部活動のことを思い出し、その時の姿勢で臨むようにした。バリバリの脳筋体育会系モードだ。

 

最後の壁 もう限界が近かった

 

今まで体験したことのない疲労感が押し寄せ、「俺、ここまでがんばれるんだ」みたいな謎の感情がわいてきた。完全に洗脳完了といったところである。

思考力はほぼ0になり、ひたすら気合で声をだす。

のどは完全にぶっ壊れていた。もう労災が降りていいレベルである。

余談だが、この研修で新卒全員が喉風をひくという集団感染が起こっていた。

そして汗だくになり試験官の前ででかい声を張り上げ、営業訓を叫び続ける。

そしてようやくもらえた「合格」。感動し涙を流した。

「これからも精一杯がんばります!!」と泣きながら宣言もした。

 

その後はどうだったのか

この研修終了時点は精一杯がんばろうと思っていたが、時間がたつにつれあの冷めた態度が戻ってくる。

やはりどう考えてもおかしい。

洗脳は少なくとも僕には何の効果もなく、企業側としては完全に失敗していた。

数ヶ月働いたら辞めるかと思い、最低限の荷物だけもって配属先へと向かい

わずか入社半年で実際退職した。

 

過酷な社員研修の意義

はっきり言って何の意味もない。

社員のモチベーションを下げ、使い捨てるもしくは洗脳するための布石でしかない。

仮にこの研修のおかげで何かプラスに変化したとしてもそれは自分の力ではなく

外部から大きな力が加わって変わったことなので、必ずボロが出る。

結局、自分が変わるためには他者の力ではなく、自分自身の力で変わらばければならないのだ。

過酷な研修を課す企業も自分たちの力で学生気分をなくしてやろうなんておこがましいことを考えないようにしてもらいたい。

学生気分をとっぱらい社会へと順応していくかどうかは自分しだいなのだ。

正直、研修で変えてやろうなんて考えのほうが甘い。

もう市場から退散してください。