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HASTA LA VISTA BABY

『蜜蜂と遠雷』は超大作。文字だけなのに音が聴こえる…

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僕にとって122冊目になる『蜜蜂と遠雷』の感想になります。

 

『蜜蜂と遠雷』のあらすじ…

3年ごとの芳ヶ江国際ピアノコンクールは今年で6回目だが、優勝者が後に著名コンクールで優勝することが続き近年評価が高い。特に前回に、紙面だけでは分からないと初回から設けられた書類選考落選者オーディションで、参加した出場者がダークホース的に受賞し、翌年には世界最高峰のS国際ピアノコンクールで優勝したため、今回は大変な注目を集めていた。だが、オーディションの5カ国のうちパリ会場では、「不良」の悪名の審査員3人は凡庸な演奏を聴き続け、飽きて来ていた。だがそこへ、これまでにない今年逝去の伝説的な音楽家ホフマンの推薦状で、「劇薬で、音楽人を試すギフトか災厄だ」と、現れた少年、風間塵は、破壊的な演奏で衝撃と反発を与える。議論の末、オーディションに合格する。

そして日本の芳ヶ江市での2週間に亘るコンクールへ。塵は師匠の故ホフマン先生と「音を外へ連れ出す」と約束をしていて、自分では、その意味がわからず、栄伝亜夜に協力を頼む。亜夜は塵の演奏を聴いていると、普通は音楽は自然から音を取り入れるのに、彼は逆に奏でる音を自然に還していると思った。マサルは子供のころピアノに出会わせてくれたアーちゃん(亜夜)を出場演奏者に見つけ再会する。3人の天才と年長の高島明石のピアニストたちが、音楽の孤独と、競争、友愛に、さまざまに絡み、悩みつつ、コンクールの1次2次から3次予選そして本選へ、優勝へと挑戦し、成長して、新たな音楽と人生の地平を開く。

蜜蜂と遠雷 - Wikipedia

 本記事の内容

・文字だけなのに音が聴こえる

・「ホンモノの天才」は素直に評価されない

・メインキャラクターが明確に書きわけられている

文字だけなのに音が聴こえる

本作は国際ピアノコンクールの話なので、当然ピアノを弾いている場面があるのですが、文字での表現方法がメチャクチャうまくてもはや音が聴こえてくるんですよね

 

途中から頭の中で流れる音楽にあわせて、体をゆらしながら本を読んでいました。僕だけかもしれないけど。

それくらい臨場感をもって場面を描写しているんですよ。

 

この「文字だけで音を伝える」という点ですが、絵で音を伝えてくる漫画が頭に思い浮かびまして『BLUE GIANT』がそうなんですよ。

 

音だけでなく緊張感まで伝えてくるので、これがホンモノの作家なのか…と感じます。

「ホンモノの天才」は素直に評価されない

本作に登場する風間塵(かざまじん)という少年は明らかな「天才」で、コンクールで素晴らしい演奏をします。

しかし、審査員の一部を不快にさせてしまうんですよ。

 

正統派といいますか「曲の純粋さ」を重視している人にとっては塵の演奏がいたずらに扇動的に聴こえてしまったのです。大衆受けするようなイメージです。

 

なので塵をよこした師匠の故ホフマンからの手紙には彼の演奏は「劇薬」と表現されていました。

ある人は感動するが、ある人は激怒するという意味です。

 

小説でも似たような現象が起きていましたね。

石原慎太郎さんの『太陽の季節』、村上龍さんの『限りなく透明に近いブルー』はともに芥川賞の審査のときに審査員のあいだで論争が起きました。

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時代を変えてしまうような作品や音楽というのは、必ず論争を起こしてしまうのです。

今までの流れを守ってきた人新しい時代が到来することに歓びを感じる人との違いですね。

メインキャラクターが明確に書きわけられている

小説によっては登場人物の性質の違いがよくわからず、見失ってしまうことがあるのですが、本作はその心配がありません。

 

メインは風間塵、マサル、栄伝亜夜の3名なのですが、みな天才ですが性格は全然違います。

どの人物も魅力的だし、コンクールの中で成長していくんですよ。

 

コンクールの結果や彼ら彼女らの考え方の変化など先が気になってしょうがなくなる小説です。

超大作で読み切るまで時間がかかってしまうかもしれませんが、一読の価値があります。