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日本で1番「経験豊富」な男です

学歴の効果について【早稲田大学を卒業した僕が書きます】

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TwitterのTLで「大学に通うのはムダなのか」について議論が起きていたので、早稲田大学を卒業した僕が「学歴の効果」について書いておこうと思います。

本記事の内容

・学歴に価値はない

・でもあの時は「すべて」だった

・ゲームの楽しさを知る

 学歴に価値はない

僕は2015年3月に1浪を経て入学した早稲田大学社会科学部を卒業しました。

その後の経歴は以下の通り。

2015年4月に中古車販売店に入社

2015年10月に中古車販売店を退社

2016年4月にブログ開始

2016年5月までフリーター

2016年5月から化学原料の専門商社に入社

2018年10月に化学原料の専門商社を退社予定

正直、早稲田大学を本当に卒業したの?と思われてしまうような経歴ですよ。

まぁ僕の中では同級生とは違う人生を歩んできたことに誇りをもっているんですけど。

 

中古車販売店では特に結果を残すことができませんでした。

意気揚々とフリーターで金を稼ぐ!といっても何の知識もないし、ブログみたいなやつも始めていないのでやることは派遣のアルバイト。

すぐにバテて、専門商社に入社しました。

 

専門商社では一応、予算を僕だけ達成することができたし、海外出張にも何回か行くことができ、中学生からの目標であった「英語を使って仕事をする」が叶いました。

 

でも、ご覧の通り「学歴が活かされた形跡」がまったくありません

少なくとも僕にとっては「早稲田大学を卒業した」こと自体は何の役にも立ってません。

 

奨学金まで借りて4年間通って、図書館にこもって本ばかり読んでいたことから何の価値も生み出せていないのです。

僕の友だちはみんな優秀ですが「仕事するのメチャクチャ楽しい!」という人はほとんどいないし、SNSへの投稿もめっきり減りました。

 

要するにどんな学歴をもっていても就職活動は「くじ引き」なんですよ。

優良企業に入社しても上司がカスならソッコーで辞めたいと思うでしょうしね。

でもあの時は「すべて」だった

ではなぜ学歴というものに執着できていたのかというと、一生懸命勉強して良い大学に入るのが僕にとってすべてだったからですよ。

 

僕が受験生のときはスマホはまだまだ普及していなかったし、ガラケーでは世界が広がることもありません。

情報がある意味遮断されると、やるべきことが限られてくるんですよ。

 

それがたまたま僕は「受験勉強をする」ということで、それがすべてだったのです。

割とマジメに「GMARCH(学習院/明治/青学/立教/中央/法政)以下はゴミ同然」と思ってましたからね。

 

もちろんそんなことは一切ありませんし、あの時の僕は確実にどうかしてました。

しかし、そんだけ一つの考えに執着してしまうほど情報がとりにくい時代だったのです。

 

今ではスマホがあり、様々な情報にアクセスすることができますし、オンラインサロンなど面白いものが充実している。

しかも「自分にあった環境を作りたいな」と思えば、簡単に作ることができます。

 

時代は変わったので、今現時点では「大学に進学すること」はそんなに価値がないのではと思いますね。

今の時代に受験生だったら大学受験をしていなかったかもしれません。。。

ゲームの楽しさを知る

大学受験のおもしろさは「ゲーム性」にありました。

どこに力を入れて、いつどのタイミングでどういった参考書や問題集をやればいいのかや本質はどこにあるのかを考えてゴールに向かって頑張るゲームなのです。

 

ゴールは「希望の大学に合格すること」であるのに、予備校教師と無駄に仲良くなったり、無駄に模試の順位を上げようとしたり、過去問の点数ではなく偏差値に固執する人などはゲームオーバーになってしまう。

 

モノゴトの本質を探る能力はこのときに強化されましたね。

あとは「努力のゲーム化」は今の自分にも活かされていることです。

 

そういった意味では「受験」は役に立ったといえます。

まとめ

学歴は役に立たないけど僕が受験生の時は、それが「すべて」であった。

しかし、今はいろいろな選択肢があるので大学進学自体はそんなに意味がない。

とことん「自分が面白い」と思うことにのめり込むべし!