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『代表的日本人』について ②上杉鷹山編

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あなたは『代表的日本人』という内村鑑三が書いた書籍をご存知でしょうか。

『代表的日本人』の簡単に内容を書きますと…

新渡戸稲造『武士道』、岡倉天心『茶の本』と並ぶ、日本人が英語で日本の文化・思想を西欧社会に紹介した代表的な著作。内村鑑三(1861‐1930)が、奔流のように押し寄せる西欧文化の中で、どのような日本人として生きるべきかを模索した書。新たな訳による新版。

「BOOK」データベースより

 『代表的日本人』には 西郷隆盛・上杉鷹山・二宮尊徳・中江藤樹・日蓮の生涯が描かれていて、それぞれの人生を通じて日本人としてどのように生きていけばいいか模索した書になります。

 

本記事では西郷隆盛編に続き、上杉鷹山について『代表的日本人』をもとにご紹介したいと思います。

本記事の内容

・上杉鷹山が藩主の米沢藩は究極の財政難だった

・適材適所と革新的な産業改革そしてポテンシャルの最大化 

・その他の施策

 上杉鷹山が藩主の米沢藩は究極の財政難だった

米沢藩は政治的な理由で豊臣秀吉から120万石の所領高を与えられていた巨大な藩でした。

米沢藩は関ケ原の戦いのときに徳川家康の敵である石田三成の味方をしていたのですが、ご存知の通り勝利したのは徳川家康側です。

 

反徳川方ということで石高が大幅に減らされます(30万石)。

さらに藩主の引継ぎのときに不手際があり、15万石まで減ってしまうのです。

 

しかし、抱えている家臣の数などは120万石のときのままで、負債がドンドン膨らんでいきました。(数百万両レベル)

住民たちは取り立てに追われるなど困窮を極めますが、米沢藩は他の藩より農地などの生産性が低かったので、どうしようもない状況でした。

 

第8代の重定は版籍を奉還することも考えていましたが、なんと第9代の上杉鷹山はこの米沢藩を復活させたのです…

適材適所と革新的な産業改革そしてポテンシャルの最大化 

17才で藩主となった上杉鷹山は大倹約令を出します。

極度の節約により、なんと16年間で負債を0にしてしまうのです。

 

あの多数の餓死者を出した「天明の飢饉」も非常食の研究など様々なことをやり、なんと餓死者ゼロで乗り切ります。

その他にも上杉鷹山は様々な施策をおこないます。

1.適材適所の人材配置

当時としては珍しく、能力に応じた人の配置をおこないます。

なぜ珍しいかというと当時は封建制ですので、民主的な施策は普通思いつかないからです。

①郷村頭取、群奉行

②巡回説教師

③警察

以上のような役に人材を配置します。

郷村頭取、群奉行というのは小さい単位での行政を担当するものです。

巡回説教師は親孝行や婚礼などの一般的な儀礼を教えてまわる人です。

警察が一番重要で、徹底的に悪事を取り締まったといわれています。

 

この3つの役は非常にうまくかみあったといわれ、今では絶対にうまくいかないと思いますが、道徳や慈悲で人民の統制制度をつくりあげているんですよ。 

 

しかし、いつの時代も新しい施策には反対をするものがいるのです。

この対応も上杉鷹山はしっかりしており、反対派の指導者に対して切腹の命をだして、反対派を一掃しました。

2.産業改革、ポテンシャルの最大化

上杉鷹山は以下の2つの産業改革をします。

1.領内に荒れ地を残さない

2.民のなかに怠けものを出さない

 米沢藩は15万石だが、30万石までの生産性があると見越していました。

そこで身分の違いも関係なく、うるしを植えさせました。

 

ここでもモチベーションをたもつ工夫がありました。

1日あたりのノルマをもうけ、それ以上うるしを植えたものには報奨金を与えるというものでした。

逆にうるしを枯らしてしまい、その代わりのものを植えない場合は報奨金と同額のペナルティが課せられます。

 

またかなり大きな土木工事をおこない、水の灌漑(かんがい)を整えさせ、さらなる生産性の向上をはかりました。

 

以上のような工夫をして米沢藩を立て直してしまったのです。

その他の施策

上杉鷹山は経済の立て直しの他に、様々な施策をしています。

1.興謙館の設立

貧民の教育奨励を目的として多額の奨学金を与え、学費免除をしました。

2.病の治療

薬草を育てるだけでなく、当時西洋のものは危険であるという世間の常識とは反対に杉田玄白のもとに医師を派遣し、オランダの最新医学を学ばせます。

3.公娼の撤廃

今でもよくいわれていますが、公娼を廃止したら人々の欲望は危険な方向へむくという意見を「そんなことで人の欲情がおさえられるなら、全国公娼だらけになる」といい、完全撤廃をします。

もちろん、公娼を廃止したところで悪い方向へむかったという事実はありません。

 

とにかく「人の道」というものに大名や農民の区別なく従わせることによってうまくいった例になります。

今でも米沢では偉人として扱われていますし、かのジョン・F・ケネディも尊敬していた上杉鷹山についてより深く学べば人生が好転するかもしれません。