小さなコミュニティでは「義理と人情」がすごく助かる理由

*本記事は2019年2月6日に更新されています

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僕は1月中に四国のお遍路に挑戦していました。

ふだんは関東県内に住んでいるので、いちおう大きなコミュニティに属しているわけです。

 

前職も新橋ということで、まさにサラリーマンの中のサラリーマンということで、大きな流れの中に身をまかせて過ごしていました。

大きなコミュニティの中だと、参加人数が多いため、よけいな人間関係上の摩擦をさけるために合理的な関係を結ぶことが多いです。

 

なので、合理的な関係こそが正解で、義理と人情でつながることを否定していました。

しかし、四国のお遍路をやって人々の親切心に触れたり、実際に助けてもらったりという体験をすることによって「義理と人情」は小さなコミュニティでは大きな力を発揮することがわかりました。

本記事の内容

・助け合える人数であれば「義理と人情」は最高のシステム

・大きなコミュニティの中では「義理と人情」は通じない

助け合える人数であれば「義理と人情」は最高のシステム

事実として四国は関東に比べて、形成されているコミュニティは小さいですよね。

小さいからダメだということではないので、誤解なきようお願いします。

 

四国のお遍路をするなかで、僕はいろいろな人たちに助けられました。

 

「お接待」というお遍路さんに様々な施しをする独自の文化はあるにせよ、車に乗せてもらって駅まで連れていってもらったり、食べ物や飲み物をごちそうになったりと、関東圏ではほとんどありえないような体験をさせてもらいました。

 

きっと、四国の中でもお互いを気遣い、助け合いながら生活をしているのだろうなと思います。

普段から助け合っていなければ、そんな見知らぬ人に施しを与えるなんてなかなかできないと思いますし。

 

ただ、この「義理と人情」による相互助け合いシステムは、あくまで小さなコミュニティでのみ効力を発揮します。

本当に困っている人にとっては、「理由なき助け」というのは心の底からありがたいことなのです。

大きなコミュニティの中では「義理と人情」は通じない

一方で大きなコミュニティの中では互いの信用性に欠けるし、それゆえ理由がないと見知らぬ人を助けることができないという問題があります。

 

また、基本的に合理的な関係性がありますので、「義理と人情」という不合理な規則が加わると、逆に物事がうまく進みません。

 

たとえば、ビジネスをするときに合理的に話を進めていたのにも関わらず、「他のお客さんに泣きつかれてかわいそうだからこちらに仕事をまわすよ」といわれたらどうですか? 激おこですよね??

 

大きなコミュニティにいる人は冷たいのではなく、うまく社会を動かすために合理的にならざるをえないのです。

なので大きなコミュニティの中で「義理と人情」を出してくると筋違いになり、バッシングされたり、大きな失敗につながったりするのです。

 

今、自分がどのコミュニティに属していて、どんな振る舞いをしたらいいかはその都度考えた方がいいですね。

四国の人たち(もちろん四国に限定された話ではないです)はとても暖かいので、都会の喧騒に疲れてしまった人は四国のお遍路に出てみてはいかがでしょうか。